興福寺中金堂(ちゅうこんどう)新築 法相宗 奈良県奈良市登大路町48番地

2019年11月にしばらくぶりの正倉院展を見学しに奈良に行きました。正倉院展の時期は混雑回避のために奈良国立博物館から離れた場所に車を止めてシャトルバスで会場へ向かいます。正倉院展では素晴らしい宝物の数々に目を奪われましたが、特に仏前への供物(くもつ)をのせる献物器(けんもつき)である粉地彩絵八角几(ふんじさいえのはっかくき)には1300年前にもかかわらず、その格狭間の刳りぬき方の鋭さ、デザイン、そして繧繝彩色の素晴らしさが今でも目に焼き付いています。正倉院展のホームページでも見ることができますので、ご興味ある方は是非、ご覧ください。

正倉院展は日程の後半でしたので、そんなに混まずスムーズに見学できました。それから奈良公園を通って興福寺へ向かいました。奈良公園には多くの鹿がいますので、息子も初めて野放しにされている鹿には興味津々のようでした。

 ようやく興福寺五重塔が見え、その向こうに平成30(2018)年10月に落慶された中金堂が見えてきました。この日はたいへん天気がよく屋根の鴟尾(しび)が青空にたいそう映えていました。

 中金堂は本尊が釈迦如来坐像、単層裳階(もこし)付き寄棟造で桁行9間梁行6間の創建当初の規模で新築されました。大きさは幅約40メートル奥行約20メートル高さ約20メートルです。内部には本尊の他に2体の菩薩像と吉祥天像、大黒天像そして四隅には四天王像が安置されています。また中金堂を支える66本の太い柱は国内では調達できず、薬師寺金堂や西塔の時のような台湾ヒノキでもなく、今回はアフリカ産ケヤキがカメルーンから8年がかりで持ち込まれて使用されました。長さ約10メートルで直径約80センチの柱が36本、さらに長さ約5メートルで直径約60センチの柱が30本使用されています。柱以外の木材はカナダ産のヒノキです。

柱直下の地中には66個の礎石が整然と並んでいます。発掘調査では、そのうち64個が天平時代のものだと判明したそうです。

落慶法要は平成30年10月7日から11日まで5日間の日程で参列者14,000人だったそうです。その法要で多川俊映貫首〈たがわしゅんえいかんす〉が「創建以来1300年このかた7度の焼失を経て8度目の再建でございます。文字通り七転び八起きでございます」と挨拶されていた言葉が印象的でした。その不屈の精神に頭が下がると同時にその歴史的背景を心に持ちながら中金堂をお参りすると感慨深いものがあります。