善重寺様(真宗大谷派) 聖徳太子立像   茨城県水戸市酒門町2096番地2

正覚院様(浄土宗) 毘沙門天像  京都府宇治市木幡正中20番地

 

お得意様である善重寺御住職より所蔵されている聖徳太子像を製作した仏師三条法印朝圓の仏像が、京都宇治の正覚院毘沙門天像も製作されていることをお聞きし、一緒に同行し取材させていただきましたので、香華堂報でも紹介したいと思います。善重寺様は茨城県水戸市の真宗大谷派の二十四輩本座12番のお寺様です。開基の善念房は常陸の名勝桜川で、鹿島神宮からお帰りの聖人と出遇いました。善念は武功あがらぬ鎌倉武士でありましたが、聖人を背に負い渡川してさしあげたことが勝縁となり、勧化を被りました。門弟の列に加わった善念は、俗名の義重と善信(親鸞)の名から二字を取った寺号「善重寺」を賜り、1232(貞永元)年、一宇を建立し、その後寺基は笠間から久慈川門辺へ移り江戸時代まで転々としましたが、1667(寛文7)年、現在地へ水戸藩徳川光圀(二代藩主)により中興されました。この折、光圀公よりこの聖徳太子立像と聖徳太子絵伝を寄進され水戸藩の寺院・門徒の触頭(ふれがしら)に命ぜられました。この尊像は像高132.5cmあり、鼻筋が通り小鼻が盛り上がった非常に高貴なお顔をされています。特に目元が切れ長で、両脇の髪の毛の美豆良(みずら)は他の太子像に比べ長めです。口は真一文字に結び、端正で凛々しいお顔をされています。また衣紋の彩色は大変華やかで現在に至っても優美に残っております。製作年代は鎌倉時代で、1915(大正4)年に岡倉天心らの調査によって国宝に指定され、現在は国の重要文化財に指定されています。一方、正覚院様の毘沙門天像も善重寺様の聖徳太子像と同じく凛々しいお顔立ちをされていて、衣の彩色もきれいに残っています。頭には兜をかぶり、たくましい武将の相貌をし、合戦絵巻にみえる若大将を思わせます。足下に踏まえる2頭の邪鬼を含めて全体的に極めて保存状態がよく、表面の見事な彩色も当初に様相をよく残しています。そしてその右足枘に「法印朝圓作」の墨書銘記があることが知られています。この像は京都府指定文化財です。

この三條法印朝圓は三條仏所を牽引した木仏師でありこの仏所は元来、平安時代に平等院鳳凰堂の阿弥陀座像を製作した定朝の弟子長勢の門流に属することを示し、京都の朝廷が関与した作風に特色があることを両住職が教えて下さいました。

善重寺様の聖徳太子像は命日の2月22日の11時~12時の一時間だけご開帳されます。大変素晴らしい聖徳太子像なので、ご興味ある方は必見です