【第2回 大圓院・奥の院・金剛峰寺】

高野山宿坊の大圓院には、夕方に到着しました、山門には手水桶と杉の葉がありました。これは昔、大名がこられた時に馬が飲むためで、杉の葉は水が殿様の籠や着物に跳ねないようにあるそうです。お伺いしたときは弘法大師の旧正御影供(きゅうしょうみえく)が4月29日から始まる直前の26日でしたので、法会期間中ということで置かれていたようです。中に入ると、布袋さんの衝立と頭を丸めた僧侶の方々が迎えてくれました。中に入り早速大圓院のご住職、藤田光寛師が安川さんが描かれている襖絵についてお話してくださりました。玄関入ってすぐの襖絵はこのお寺に伝わる瀧口入道と横笛(女性の名前)の悲恋の物語を絵にしたものでした。私は横笛の髪の毛の細さに驚きました。バスで隣の席の方が、かつて安川さんの工房で働いていた方で、その細い髪の毛を描くのが難しいというお話を聞いていたからです。1本1本細さを揃えて書くのも難しいですし、かといってハケで一度に書くと同じ方向になってしまいます。絵師さんにお聞きしたところ、1本1本やはり集中して描かれているそうです。右に行くと広間が続きます。その一部屋に現在制作されている高野山の壇上伽藍が描かれています。特に印象的だったのは桜の花です。非常に繊細に描かれています。また、伽藍は雲に隠れていてすべてが見えないところが、山の上にあるお寺の雰囲気を伝えていて、また奥ゆかしい雰囲気を醸しだしていて素敵です。その前でご住職は一生懸命に自分の思いを安川さん伝え、それに応えるように描かれたのだなあということが私まで伝わってきました。ところで襖の上部に貼ってある切り絵は何でしょうか。疑問に思ったので、旅の恥はかき捨てでご住職にお聞きしました。「もののなかった時代に本物の作物をお供えすることができなかったため、せめて形だけでもお供えしようということから始まった」と言葉やさしくお教えてくださいました。少し自分でも調べてみると、高野山は寒いので特に稲作ができずにいたので、空海上人が中国で習得した切り絵を高野山で弟子たちに教え、現在まで続いているとのことでした。説明が終わり、一旦部屋に行き、浴衣に着替えて夕食です。夕食はもちろん精進料理。赤い高膳に多くの料理が盛り付けられ、おなか一杯になりました。ビールは般若湯(はんにゃとう)または麦般若(むぎはんにゃ)と呼ばれオッケーだそうです。高野山では魚屋さんや肉屋さんはあるそうですが、表通りには面してなく、少し細い道に入ったところにあるそうです。その後もご住職は夕食会場に掛かっている掛軸についてお話してくださいました。二日目は次回にお話します。