西山別院  
本願寺西山別院(京都府京都市西京区川島北裏町29番地)

            

今回は本願寺派の僧侶の方なら必ずおまいりされる別院、本願寺西山別院について、お話したいと思います。なぜ必ずおまいりされるかというと、得度習礼(僧侶の資格を得るための勉強及び儀式)、を行う場所だからです。この他にも教師教習(住職になるための勉強)なども行われています。なぜ、このような形になったのかを調べてみると、大正時代に中央仏教学院(現在は角の坊別院)の元となる学林が設けられたことからのようです。

西山別院の本堂は元々西本願寺阿弥陀堂であったものが、親鸞聖人500回大遠忌を前に移築されたものだということは有名です。そのため、本堂の外観は今の本願寺阿弥陀堂に非常に似ています。本堂前面に柱が多い構造や本堂後側が白い土壁になっているなどの点です。これは耐震や耐火構造になっているとのことです。現在の西本願寺阿弥陀堂、御影堂もそうなっていますね。本堂の中に入りおまいりすると、天井が建物のわりに低く感じました。それゆえ、欄間が細くなっています。角坊別院も同じような細い欄間だったので初期の本堂は天井が低かったのでしょうか。パンフレットによると、余間には重要文化財の襖絵があるのですが、実際には別の襖絵がはまっていました。貴重なものなので、平常は片付けてあるのでしょうね。向かって右余間には覚如上人の御厨子が安置されています。覚如上人はご開山の親鸞聖人から始まって、三代目にあたる方で、親鸞聖人の廟所から教団として寺院化された方で今日まで真宗にとっては多大な影響を与えた方です。また、外陣からは見えませんが、本堂内陣天井には天人が描かれているそうです。外に出て、本堂向かって右手に進むと、墓地があり、その横手には覚如上人の廟所があります。きれいに墓地や廟所はきれいに整備されています。本堂反対側には研修道場があります。私が最初の訪れたときに比べ、真新しくなっています、そうそう、思い出をお話しすると私が訪れたのは大学時代の同級生の得度が終わり迎えに行ったのが最初だったと思います。迎えにいって、クリクリ頭になった同級生を見て、友人と大笑いしたことがあります。また、この仏具の仕事についてからはお得意様から、白衣や足袋を忘れたといわれ、幾度か届けに行ったことを覚えています。それから幾度となく、得度を終了された方をお迎えに上りましたが、学校の卒業式の後のような、晴れ晴れとしたお顔、そして同級生と別れる少し寂しさが入り交じった光景を目にするほのぼのとした別院です。