本願寺派山科別院(京都府京都市山科区東野狐藪町2)
山科別院長福寺(大谷派)(京都府京都市山科区竹鼻サイカシ町13-17) 

 

山科別院長福寺にはお盆やお彼岸などの仏事には必ずお伺いします。なぜなら、祖父母のお墓があるからです。当家は本来、本願寺派の門徒ですが、祖父がその当時の輪番さんと親交があったため、ここの墓地を購入してお墓を建てました。その前は本願寺大谷本廟にお墓があったのですが、そのお墓は裏側が崖地であったため、なんとなく落ち着きませんでした。ここのお墓になってからは車も止められますし、人もそれ程多くないので、ゆっくりおまいりすることができます。今回も東西の別院を取材するにあたり、東別院に車を駐車して、おまいりさせていただきました。

 山科本願寺は真宗再興を願う本願寺第8世蓮如上人が諸宗の弾圧により東山大谷本願寺より転々とし、1480年に御影堂が完成し、その後阿弥陀堂、大門と完成にいたります。当時の山科本願寺は広大な敷地を有し、土塁やお堀があったようです。

 まず、東別院です。本堂は平成10年に別院で行われた蓮如上人500回御遠忌を記念して、屋根が修復され、蓮如上人の銅像が建立されました。本堂内御代前には蓮如上人御自作の像が安置されています。この像は案内によると、75歳を迎えられた蓮如上人が実如上人に法灯を譲られる際に、御手づからお刻みになられたと書かれています。

 次に西別院です。西別院は本堂が左に中宗堂といって、蓮如上人のお木像を安置されているお堂が右手にあります。本山のように両堂形式になっていますね。本堂両側に立っている銀杏の木が印象的です。東別院にもありましたが、やはり古い建築物には火に強いとされる銀杏の木が植えられたのでしょうか。

 最後に蓮如上人御廟へ向かいます。本願寺山科別院を出て道を右に行くと蓮如上人御塚道と書かれている石碑があり、その道を入って行くと御廟があります。静かなところで、御廟にふさわしい雰囲気です。ここは東西の別院で管理されていることが、蓮如上人御廟所とかかれた石碑の裏側で伺い知ることができます。

 帰りは先ほどの道に戻り、途中で東別院の南門から帰るのですが、途中の道沿いに何かの土台のような石積みされた石垣がありました。案内板がなく不明ですが、これも山科本願寺の遺構でしょうか。山科の地にはこの他に蓮如上人が晩年隠棲された南殿跡光照寺様や蓮如上人が御指図されて掘った井戸などがあります。