インド研修旅行 インド及びネパール②~舎衛城 祇園精舎
デリーから空路、ウッタル・プラデーシュ州の州都ラクナウへ。そこから専用バスに揺られること四時間あまり、私たちは釈迦八大聖地の一つ、舎衛城(しゃえいじょう)(スラワステイ)近くのホテルに辿り着きました。

翌朝、ロビーの釈迦像前でのヨーガで心身を調えた後、まずはお釈迦様の「第二の故郷」とも呼べる、かつてのコーサラ国の首都・舎衛城(マヘート遺跡)へと向かいました。城門付近の物乞いや物売りの喧騒を抜けると、そこには二千五百年の星霜を経た赤煉瓦の遺構が静かに佇んでいました。その素朴でいて凛とした静寂に包まれた瞬間の感無量な思いを、私は夢中でシャッターに収めました。

続いて、隣接する祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)(サヘート遺跡)へと向かいました。国立遺跡として厳重に管理されるこの広大な地は、入場の際に参拝料を要します。奥へ進むと、中央には、お釈迦様の居室跡である『香堂(こうどう)(ガンダクティー)』があります。
その手前にある煉瓦の基壇には、世界中の巡礼者が一枚ずつ丁寧に貼り重ねた金箔が、陽光を受けて神々しく輝いていました。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり――」日本人なら誰もが知る『平家物語』のこの一節が、参加者の間からも自然と漏れ聞こえてきます。
また京都在住の私にとって「祇園」は極めて身近な言葉ですが、その語源は土地を寄進した「祇陀(ぎだ)皇子」の名にあります。
その地に黄金を敷き詰めてまでお釈迦様に尽くした「給孤独長者(ぎっこどくちょうじゃ)(スダッタ)」の真心を合わせ、仏教ではここを「祇樹給孤独園(ぎじゅぎこどくおん)」と呼びます。かつての日本人がこの聖地に抱いた深い憧憬が、今の京都の「祇園」という地名を生んだのだと改めて実感いたしました。
またここは仏教者にとって最も馴染み深い『阿弥陀経』の説法地でもあります。経冒の「如是我聞。一時佛在舎衛國祇樹給孤獨園。(にょぜがもんいちじぶつざいしゃえこくぎじゅぎこどくおん)」という一節に皇子と長者の名が記されていることが分かります。一千二百五十人の諸大弟子とともに説法に耳を傾けた往時の情景が、今なお熱心に祈りを捧げる巡礼者たちの姿と重なり、法悦に浸るひとときとなりました。
平家物語にある「鐘の声」こそ聞こえませんが、遺跡の近くには日本から贈られた梵鐘が、異国の空に静かな響きを届けています。

次なる目的地は釈迦生誕の地・ルンビニですが、その前に私たちはカピラ城跡を目指しました。現地で初めて知ったことですが、カピラ城には「冬の城(インド)」と「夏の城(ネパール)」があり、まずはインド側の城跡へと向かいました。
これまでお届けしてきたインド研修のレポートですが、「香華堂報」での掲載は今号で一区切りとさせていただきます。
記憶が鮮明なうちに書き上げたところ、全九回にわたりました。今後は他のお寺巡りなどのご紹介を予定していますので、続きが気になる方は、「ライブドアブログ 香華堂」で検索して、帰国までの道中をお楽しみいただければ幸いです。
