豊橋別院(真宗大谷派)  愛知県豊橋市花園町8

今回は真宗大谷派岡崎教区内にある四つの別院の中で愛知県内では一番東側に位置する豊橋別院にお参りしてきました。この別院には役寺というお寺様が回りに5ヶ寺ありますが、その一つのお寺様に仕事で行く機会があり、仕事の後に夕刻に撮影したので少し暗いかもしれませんので、ご了承ください。東名高速音羽蒲郡インター下りて市内に向かうと豊川の橋あたりで左手奥に吉田城(鉄櫓)が見え、渡ったところに豊橋市市役所が見えてきます。偶然聞いていた地元のラジオ放送では2020年4月から始まるNHK連続テレビ小説「エール」がこの豊橋が舞台になることが話題となっていました。豊橋別院はその橋あたりから5分程のところにあります。本堂は鉄筋で近代的な雰囲気です。

豊橋別院の歴史を振り返ると、前身吉田御坊誓念寺の創立は、寛永21(1644)年高須久太夫(法名空正)寄進による梵鐘の銘文に、「誓念寺は本願寺附属の道場である旨を宣如上人が誌す」ことに由来します。江戸時代には境内がかなり狭小であったようですが藩主の奨励もあり、安政期には募財や材料も整い着工寸前までいったようですが、安政5(1858)年京都の本山の両堂が類焼してしまったため、急遽普請中の用材をすべて本山へ寄進することになり、阿弥陀堂に用材として用いられたようです。その後、本堂が暫時造営されましたが、残念なことに明治4(1871)年に出火し、境内の多くを焼失してしまいました。廃仏毀釈が叫ばれる中、ようやく明治12年「豊橋別院」が認められ、同時に厳如上人からの消息も発せられました。

昭和になると、豊橋別院は昭和20(1945)年6月19日の空襲により、またもや甚大な被害を受けました。焼土の中からの復興は困難をきわめましたが、同23(1948)年には仮本堂の上棟、花園幼稚園の開設、同25年の仮本堂落慶、翌々年には供出を免れた御坊開創以来の梵鐘を懸けた鐘楼堂が再建されたそうです。

そして戦後40年を経て、昭和60(1985)年本堂も新築再建され、平成27(2015)年4月には親鸞聖人750回御遠忌法要が勤修されました。多くの困難を乗り越えてこられた豊橋別院、その足跡をたどると不屈の精神に頭が下がります。

今年4月から始まるNHK連続テレビ小説は巨人軍の応援歌「闘魂こめて」と阪神の応援歌「六甲おろし」両方を作曲した作曲家、古関裕而(ゆうじ)の出身地福島市とその妻、古関金子(きんこ)の出身地豊橋市が東京オリンピックに合わせて放映されるよう共に誘致活動されたそうです。この番組が日本選手団の皆さんの「エール」になればいいですね。