根来寺 

 場所 和歌山県岩出市根来2286

今回は妻木先生の会で新義真言宗の本山である和歌山の根来寺などに行きましたので、そのお話をしたいと思います。真言宗には古義真言宗と新義真言宗があり、古義真言宗は高野山金剛峰寺、東寺などを本山とし、新義真言宗はここ根来寺をはじめとし、京都智積院、奈良長谷寺がこれにあたります。

 歴史を簡単にお話しますと高野山復興のため、根来寺の開祖である覚鑁(かくばん)上人が高野山に学問探究の場である「伝法院」、修禅の道場である「密厳院」を建立します。しかしながら一部の人々との対立により高野山内での対立を立て直すため、解決策を示しますが混乱は収まらず、弟子の時代になってここ紀州の地に移った経緯がありあす。また根来寺は安土桃山時代には根来衆と呼ばれる僧兵が強大になり、豊臣秀吉の時代には大塔と大師堂以外は全山焼き払われましたが、紀州徳川家の庇護により再興され、同じ時期に覚鑁(かくばん)上人に「興教大師」の大師号が下賜されました。

 さて時折見えるみかん畑を山手に見ながら山間部を抜けると、まず根来寺の大門が見え、その横を通り過ぎ駐車場へと向かいます。日曜日で紅葉の時期でしたので多くの参拝客がいますが、大きな駐車場なので、待つことなく駐車場に入ります。境内は多くは無料ですが、主要な重要文化財や国宝がある大師堂や大塔がある場所には拝観料が必要です。そこへ向かう階段は下から見ると壁のようにあるので、ご年配の方には少しきついかもしれません。階段を上ると受付があり拝観料を払い中に入ります。伽藍が3棟、目に飛び込んできますが、中でも真ん中にある国宝で安土桃山時代に建てられた日本一大きな木造大塔は圧巻の大きさです。妻木先生のお話をお聞きすると、大きさだけでなくその技術に驚かされます。内部には12本の丸柱が円形にたち、その内部に4本の四天柱があります。説明の中、本日は阿字観の修行中で僧侶の方が中から出てこられました。中に入るとその柱にそって敷居や長押が丸い形にきれいに沿ってはめこまれています。柱と柱の間の扉も円の形に合わせて湾曲しています。一緒に同行した仏具の木地師さんは「結構手間がいる仕事や」とつぶやいておりました。次に大伝法堂に向かいます。冒頭でお話したように安土桃山時代に秀吉によって焼かれたこのお堂は江戸時代に再建されています。中には三体の巨大な仏像が安置されています。大きな大塔や曲線の技術がいる仕事などいにしえの仕事を見ると、ますます日本人の建築のすごさを感じざるをえません。