津村別院  
本願寺派津村別院(大阪市中央区本町4-1-3)

          

今回は大都市の大阪中心部にある『御堂さん』の愛称で呼ばれている二つの別院に行きました。北に位置する津村別院と南に位置する難波別院と二つの御堂をつなぐ道であることからこの別院の前を通る道を御堂筋と呼ばれるようになったそうです。京都市内からは車で名神高速吹田インターを降り、新御堂筋をとおり、淀川に架かる橋を渡ると、大阪のビル群が見えてきます。京都とちがい高いビル群はやはり迫力があります。梅田付近で降り、今話題の橋下市長がいる大阪市役所を横目に見ながら、すぐに津村別院に到着しました。御堂筋からは車は入れないようで、北側の駐車場に車を止めます。北側の展示場ではお仏壇の展示会が行われていました(笑)正面に回ると、まず山門の大きさに圧倒されます。山門というよりも大きな建造物ですね。実際両側には貸会議室になっているようです。石段を歩いて行くと、大きな鉄筋の本堂が見えてきます。本堂に向かう石段もあるので、かなり高い位置に本堂があります。両側には右手に親鸞聖人の銅像、左手には蓮如上人の銅像が鎮座します。本堂に向かうとますますその大きさに圧倒され、扉の大きさにも驚かされます。本堂中に入るとホールのように常設の椅子席になっており、近代的な雰囲気です。焼香も立式でいたしました。焼香をして振り返ると本堂上部がすべて納骨堂になっています。さすが、大阪ですね。合理的な感じがします。おまいりをして、パンフレットをもらい本堂外に出ると、山門越しに見る御堂筋の景色がすがすがしいですね。やはり高いところからの眺めは気持ちがいいものです。

さて、北御堂は室町時代の本願寺第8代蓮如上人の頃まで時代はさかのぼります。ご存知の方も多いと思いまが現在の大阪城のあたりに本願寺はありました。ちなみに大阪の元々の地名「大坂」は蓮如上人の「御文章」に現われるのが歴史上最初だそうです。その当時は石山本願寺と呼ばれていましたが、織田信長との石山合戦の末に、各地を転々とし、京都に寺基が移されました。しかし、大阪の門徒たちは念仏の灯を絶やさないようにと、この地で天満に近い「桜の岸」に坊舎を建立しました。これが津村別院の始まりだそうです。さて、北御堂のホームページを見て、私が気になる点が一点ありました。それはホームページの儀式、儀礼のところで、仏前結婚式・初参式・葬儀、法事はよくあるのですが、それ以外に職域布教というのがあった点です。大阪という商都ならではですが、北御堂だけでなく、出向もしていただけるとのこと。これは私のようなお寺様と日々お付き合いしていく中でも聞いたことがなかったので、素晴らしいと思いました。次回は南御堂、難波別院についてお話ししたいと思います。