浄興寺 
【宗派】真宗浄興寺派本山
【所在地】新潟県上越市寺町2-6-45

正式名称は歓喜踊躍山(かんぎゆやくざん)浄土真宗興行寺といい、それを略して浄興寺といいます。当初、茨城県笠間市に稲田の草庵を開いたのが草創とされていますが、戦火などにより現在の地に移ったのが1567(永禄10年)に移ったとされています。 本堂裏の駐車場に車を止めて、本山の証である五本線の塀伝いに歩いて行きます。途中浄興寺派の一般寺院と思われるお寺が本山を囲むように点在しています。境内に入ると、その日の夜に行われるお盆の灯籠会の提灯が規則正しく並べられていました。夜は幻想的な雰囲気になるようです。 さて、本堂ですが、間口28.2m奥行もありかなり大きな本堂です。平成元年に国の重要文化財に指定されています。平成7年~15年にかけて大規模な修理が行われたようで、屋根もきれいに葺かれていました。堂内の仏具も綺麗に修復されていました。仏具の形式は大谷派のように柱は黒に金具打ち、具足も鶴亀の燭台を用いられています。本堂から右の方に向かうと親鸞聖人の御廟があります。ここの彫刻は細部にわたるまで細かく彫られていて素晴らしいです。雨風にあたる場所なのによく傷まず保存されているなあと思いました。手前には本廟をお参りするための拝堂があります。さらに右手に進むと宝物館があります。私が注目した宝物は西・東本願寺、そして興正寺に親鸞聖人の頂骨を分骨し、そのお礼状をいただいたという書状です。浄興寺は浄土真宗宗祖から歴代の頂骨を預かる立場にあったようです。その歴代の頂骨を収納する四角宝塔も三代目の覚如上人以降あり、引き出し式になっていて、趣のあるものです。他にも親鸞聖人の手形の付いた『御手形六字名号』など宝物も多く所蔵されています。

おすすめ情報

『建築』
本堂(江戸時代)重要文化財
親鸞聖人本廟及び唐門(明治時代)上越市文化財

『宝物』
親鸞聖人自筆六字名号(鎌倉時代)新潟県文化財(江戸時代)
御手形六字名号(鎌倉時代)
六角宝塔(親鸞聖人御頂骨舎利塔)非公開
四角宝塔(覚如上人以降分骨宝塔)