本能寺

【宗派】法華宗本門流大本山
【所在地】京都府京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町522

『敵は本能寺にあり』で有名な歴史の大舞台となった本能寺は繁華街の真ん中、寺町京極沿いにあります。創建は室町時代。当初は、油小路高辻に『本応寺』という寺号でありましたが、その後転々とし『本能寺の変』で焼失したお堂は現在の位置より西の方角、油小路蛸薬師あたりにあったといわれています。明智光秀が攻め、織田信長が自害した場所の油小路沿いの福祉施設の前には『本能寺跡』という石碑や『元本能寺町』という町名で旧地であったことを知ることができます。最近、このあたりの発掘調査で『能』と書かれた焼けた丸瓦や堀跡がみつかりました。本能寺跡であるという明確な遺構や遺物が見つかったのは初めてだそうです。その丸瓦には度々の火災に見舞われたことから、『能』の字の“つくり”の『ヒ』が火を連想させることから、『去』のような文字が使われています。その後、豊臣秀吉の都市計画により、1589年(天正17年)、現在の地に移転再建しましたが、江戸時代後期に天明・元治の大火にかかり、堂宇はほぼ焼失。現在の本堂は1928年(昭和3年)に再建されたものです。
さて、お寺を訪ねると、辻説法と書かれた日蓮上人像の山門から入ります。正面に入母屋造り本堂が見えてきます。中に入ると、正面に日蓮上人の木像、その向うに三宝尊が見えます。大きな人天蓋が目を引きます。本堂南東には織田信長公の御廟があります。その前の拝殿を見たときに何かしら信長らしい威厳のようなものを感じました。また、境内にはホテルも完備されていて、観光には便利です。戦国時代がお好きな方には、旧地を含めて訪ねられると興味深いお寺です。

おすすめ情報

『時期』
信長祭 6月第1土・日

『史跡』
信長廟