居多ヶ浜
【宗派】居多ヶ浜記念堂・見真堂(真宗大谷派林正寺管理)
【所在地】新潟県上越市五智

1207年(承元元年)2月の承元の法難により、流罪となった親鸞聖人は同年3月16日、35歳の時に京都を発たれました。北陸路を歩かれ親不知の断崖絶壁を進み、糸魚川市の東、木浦から船で居多ヶ浜に上陸されたのは3月28日のことでした。延べ13日間を要されたことになります。 居多ヶ浜周辺のご旧跡には、新潟県上越インターから10分程で到着します。居多ヶ浜はそのご旧跡の一番奥にあります。広場に車を止めて、小さな展望台からの眺めを見ると、よくぞご無事でここまで来られたという思いがこみ上げてきました。手前には『親鸞聖人上陸の地』の看板があり、左手奥にはご伝鈔を引用された真宗大谷派門首の石碑があります。左手の小さな門をくぐると、居多ヶ浜記念堂と八角の見真堂があります。ここは上越市住吉町の真宗大谷派林正寺様が管理されていて、記念堂ではお寺の門徒の方にお茶を振舞っていただけました。正面には六字名号、向かって右に親鸞聖人、左に恵心尼公の掛軸がかかっています。堂内には曽我量深師、金子大栄師、豊原大潤師の書かれた『海一味』『大信海』『本願海』の額が掲げてありました。 外にでて今度は見真堂へ。中には親鸞聖人のお木像が安置されています。見真堂をでて左手の道を入ると越後七不思議第一番である「片葉の葦」があります。これは、親鸞聖人の熱心な信心に、葦の葉も一諸になって手を合わせ、親鸞聖人がこの地を去るときには、葦が別れを惜しんで手を合わせたと伝えられています。 さて、広場の駐車場に戻るときに、『念仏発祥の地』の石碑がありました。これは、元大谷大学教授・金子大栄師の筆によるものです。記念堂の冊子によるとこの文字を依頼されてからしばらく考えられ、「親鸞聖人はこの地で初めて民衆の生活の場での救いの念仏になったから」と一筆書くことを承諾されたようです。重みのある言葉ですね。最後に海岸の方に行くと、いくつも『親鸞聖人御上陸之地 居多ヶ浜』の石碑があります。その中のひとつ、‘浜’が旧字の‘濱’である石碑が一番古い石碑だそうです。海風をあびて、いにしえの親鸞聖人の思いをはせられてはいかがでしょうか。 いる。


おすすめ情報

『建築』
居多ヶ浜記念堂 
見真堂

『七不思議』
片葉の葦(親鸞聖人七不思議第一番)